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ターナー展に行ってきました



11/14(木)に上野の東京都美術館にターナー展を見に行きました。

上野公園は、紅葉も始まり風景はすっかり秋仕様で、美術鑑賞にはぴったりの季節になりました。

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   青空に紅葉が映えて綺麗でした。 奥に見えるのは国立博物館

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さて、今回のターナー展ですが、ロンドンのテート美術館から、油彩画の名品30点以上に加え、水彩画、スケッチブックなど計約110点を展示し、英国最高の画家として西洋絵画史上に燦然と輝く風景画の巨匠、ターナーの栄光の軌跡をたどる企画だそうです。私が行ったのは、平日のお昼くらいでしたが、それほど混みあっているほどではなく、丁度良いくらいの観覧者数でした。

 ターナーは1775年、ロンドンに生まれました。幼い頃から優れた水彩画に画才を発揮し、後には油彩も始めて、弱冠26歳にして、ロイヤル・アカデミー(王立芸術院)の正会員になります。
 崇高の美を追求し、また、光と色彩が溢れる幻想的な画風は、クロード・モネをはじめとする後のフランス印象派の画家たちにも大きな影響を与えたとされます。日本では、夏目漱石が愛した画家としても有名で、また、イギリス映画の007で、J・ボンドが待ち合わせに使ったのが、テートギャラリーのターナーの絵の前だったり、世界的にも愛されている画家です。

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                ジョセフ・マロード・ウィリアム・ターナー(1775-1851)
                               自画像


今回の展覧会は、Ⅰ「初期」~Ⅹ「晩年の作品」に年代順に分けての展示がされていましたが、その中で印象に残った絵を紹介したいと思います。

Ⅰ初期

月光、ミルバンクより眺めた習作 1797年
          月光、ミルバンクより眺めた習作 1797年

ターナーが若い日々を送ったミルバンク。穏やかなテムズ河の様子が伝わってくる作品。暗い夜の景色に浮かび上がる月光の明るさが印象的。


Ⅱ「崇高」の追求

バターミア湖、クロマックウォーターの一部、カンバーランド、にわか雨」1798年
     バターミア湖、クロマックウォーターの一部、カンバーランド、にわか雨」1798年

1797年にイングランド北西部を旅したターナーは、多くのスケッチを描き、移り変わる天候や光の描出に力を注いだ。

「堂々たる儚い弓が/壮大にそびえ立ち、ありとあらゆる色彩が姿をあらわす」


 これは、ターナーがこの絵にそえた、落日を迎えた山並みに突如かかる虹を歌ったジェイムズ・トムソンの詩句「春」からの数行です。
         

ターナーの肖像 1852年
                 グリゾン州の雪崩 1810年

ペインティングナイフを駆使した絵肌が、雪崩のすさまじい迫力を伝えている。
 この絵は、実際にグリゾン州で25名の犠牲者を出した雪崩の事故を元にして描かれているが、人の姿はどこにもなく、極端に強調された遠近法や、飛び散る岩石などが、自然の猛威をあらわし、ターナーがそれに「美」に劣らぬ「崇高」を見出そうとした時期の作品。

*迫力があって、会場でもこの絵はよく目立ちました。


Ⅲ 戦時下の牧歌的風景

                「絵画のための習作集、アイズルワース」スケッチブック 1805年頃
               絵画のための習作集、アイズルワース」スケッチブック 1805年頃

     *ハードカバーの本くらいのサイズの小さなスケッチブックに、この細密画です。ターナーって凄い!
       当時のパトロンに、制作前に見せるために、このようなスケッチを何枚も描いていたようです。


   チャイルド・ハロルドの巡礼ーイタリア、1832年
           チャイルド・ハロルドの巡礼ーイタリア、1832年

澄んだ青空の下で踊る人々。遠方には古代ローマ時代の廃墟。17世紀の画家、クロード・ロランの構図にならったこの横幅約2.5mもある作品の中でひときわ目をひくのは、傘のように枝を張った松だ。
 実は、この絵のことを、文豪の夏目漱石が、小説「坊ちゃん」の中で、教頭の赤シャツと画学教師の野だいこの台詞として取り上げている。彼らは、小さな島に生える松を眺めてこんな会話をしている。

「あの松を見給え。幹が真っ直ぐで、上が傘のように開いてターナーの画にありそうだね」と赤シャツが野だいこにいう…中略)…すると、野だいこが、どうです教頭、これからあの島をターナー島と名付けようじゃありませんかと余計な発議をした。赤シャツはそいつは面白い、われわれはこれからそういおうと賛成した」 

四十島
 二人の会話のモデルになったといわれている松山市の名称「四十島」。
 地元では、今も「ターナー島」の愛称で親しまれているそうです。地元有志で作った「ターナー島を守る会」もあるそうで。

 また、英文学を学び、英国留学の経験のある漱石は、評論「文学論」の中で、

 - かのTurner(ターナー)の晩年の作を見よ。彼が画(か)きし海は燦爛として絵具箱を覆したる海の如し -  

 と、ターナーに賛美を送っています。特に、ターナーと同世代に生きた英国の詩人バイロンの物語詩「チャイルド・ハロルドの巡礼」をモチーフとした同タイトルの絵は、漱石の興味を引いたのでしょうね。
 
                                        (朝日新聞、11/17の記事より)




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      スピットヘッド:ポーツマス港に入る拿捕された二隻のデンマーク船 1808年

ターナーは、ナポレオン戦争を契機に海戦の主題に興味を抱き、いくつかの大作を手掛けている。本作は1807年に英国とデンマークが衝突し、降伏したデンマーク軍艦の護送の様子を描いている。


Ⅳ イタリア

ラファエロ
 ヴァティカンから望むローマ、ラ・ファロナリーナを伴って回廊装飾のための絵を準備するラファエロ 1820年

 幅3メートルを越える大きな作品で、ルネサンス期を代表する偉大な画家ラファエロを讃えるもの。

 ターナーがこの作品を発表したのは、折しもラファエロ没後300年にあたり、ターナーは、16世紀にラファエロと弟子たちが装飾をほどこしたサン・ピエトロ広場を見下ろす優雅な回廊に、ラファエロ本人を、その右側には「ラ・フォルナリーナ」(パン焼き娘)の名で知られる、恋人でミューズであったマルゲリータ・ルティの後ろ姿を描いた。
 ラファエロの周りに様々な美術品が並んでいるのは、絵画、素描、彫刻、建築設計の広い分野に発揮した多才ぶりを讃えるもので、また、この絵を描くことで、ターナーは自分自身も技を究めた名匠であり、ラファエロの衣鉢を継ぐ者であることを世間に示そうとした。

*絵の中央に、先に上野の国立西洋美術館の「ラファエロ展」にも展示された「聖母子」の絵もありますね
             ↓
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         ラファエロ「聖母子」



            ターナーの肖像 1852年
                         レグルス 1828年(1837年に加筆)

 古代ローマの将軍マルカス・アティリウス・レグルスは、第一次ポエニ戦争(紀元前264-241年)でカルタゴの捕虜となった将軍。
 伝説によると、レグルスは暗い地下牢に閉じ込められ、瞼を切り取られる。その後、牢獄から引きずり出され、陽光に当たり、失明する。ターナーは瞬きしないレグルスの目が眩いばかりの陽光に晒される悲惨な瞬間を絵画化して不朽のものとした。

*実際に絵の前に立って見ると、この絵の光は本当に眩しいです。絵に関するエピソードにも心打たれます。


Ⅴ 英国における新たな平和

このコーナーでは、ターナーがスポンサーの屋敷があるペットワースに招かれた時に描いたスケッチを元に制作した作品が主に展示されていました。

ペットワースは,ロンドンとスポーツマスのほぼ中間にある丘陵地帯で、当地のペットワース館を有する伯爵イーグルモント3世はターナーをはじめ、多くの芸術家のパトロンとなり、その館を自由な芸術的創造の場に供したとされています。
  ペットワース館に滞在中の1827年夏、ターナーは館の内外をブルーの紙に水彩でえがき,その数は135枚に達したそうです。

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    今はイギリスの観光名所になっているペットワースの館

         ペットワースの庭園の鹿 1827年
                   ペットワースの庭園の鹿 1827年

ペットワースハウス「オールドライブラリ」でテーブルに向かう男、1827年
     ペットワースハウス「オールドライブラリ」でテーブルに向かう男、1827年

   
 ターナーはこの館で、スポンサーからの求めに応じた絵を描くのではなく、自由なテーマで制作を行ったようです。絵からもゆったりとした感じが伝わってきました。


Ⅵ 色彩と雰囲気を巡る実験


 実験的とタイトルにもあるように、後に興る印象派の元祖のような作風。クロームイエローというターナーが好んだ黄色が沢山使われいます。当時は、カレーマニアと揶揄されたそうですが、私は、この時代のターナーの絵の雰囲気は、色合いや形が目に優しくてけっこう好きです。

      黄色い砂上の上の青い月影 1824年頃
                    黄色い砂上の上の青い月影 1824年頃


              三つの海景 1827年頃
                      三つの海景 1827年頃

  三つの別の海の景色を一枚の絵に積み重ねて描いたものだそうです。一番上と一番下は上下が逆さまです。どこが継目でそれぞれがどんな絵かは、会場へ行くと分かりますよ


Ⅶ ヨーロッパ大陸への旅行

ハイデルブルク 1844-45年頃
                         ハイデルブルク 1844-45年頃

 宗教戦争に敗れてオランダへ亡命してゆく冬王、フリードリヒ5世と妃エリザベス・スチュアートの悲劇を描いています。向かって左下に彼らの姿が見えますね。この絵も大きくて一際目立っていました。


Ⅷ ヴェネツィア


《ヴェネツィア、嘆きの橋》1840年
                  ヴェネツィア、嘆きの橋》1840年


 嘆きの橋とは、ドゥカーレ宮殿と囚人が収監される牢獄の間にかかる橋のこと。豪華な宮殿の前には牢獄の門。この対比が興味深く、少し哀しい感じがしました。


         《ヴェネツィア、月の出》1840年
                      ヴェネツィア、月の出 1840年

         ますます絵が幻想的になってきました。月の光を受けた水の色がメルヘンチックです。


「サン・ベネデット教会、フジーナ港の方角を望む」 1843年
           サン・ベネデット教会、フジーナ港の方角を望む」 1843年

  実際の地図では、サン・ベネデット教会はこの方向にはないそうですが、表現のためには”ない”ものを”ある”ように描いてしまうターナー、おそるべし!



Ⅸ 後期の海景図

海の惨事 1835年頃
                       海の惨事 1835年頃

 ロマン派のテオドール・ジェリコーの作品「メデュース号の筏」に影響を受けた絵。

メデューズ号は、1816年7月5日、今日のモーリタニア沖で座礁し、乗客のほとんどが救出までの13日間で死亡し、生き残った人も、飢餓、脱水、食人、狂気にさらされることになった。ジェリコーの作品はその様子を赤裸々に表わしている。この絵に影響を受けた画家たちも多く、ターナーもその中の一人。

     【参考】   
     メデュース号の筏 テオドール・ジェリコー
            「メデュース号の筏」 テオドール・ジェリコー 1818年


日の出 1835-40年頃
                         日の出 1835-40年頃

 1810年代から作られた「カラー・ビギニング(色彩のはじまり)」と呼ばれる習作群の中の一つ。ターナーは拭いたり、こすったり、洗ったりまでして、絵の具の新たな扱い方を見いだそうとしている。

 ターナーの手法の魔法でしょうか、絵の中から本当に光が溢れてくるようです。
      

Ⅹ 晩年の作品


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                         戦争、流刑者とカサ貝 1842年
            
    ナポレオン・ボナパルトの晩年を描いた作品。血で染まった戦場跡のように赤々と落陽する情景の中で、彼はあお貝(カサ貝)に視線を落としている。その姿は己の孤立(孤独)と栄光の終幕を観る者へ容易に連想させる。

  《平和——海上の儀式(水葬)》 1842年 
                       平和——海上の儀式(水葬) 1842年

 ターナーの友人で、異国からの旅の帰途に没した画家デイヴィット・ウィルキーの実際の葬儀をもとに描かれている。黒を多く使った船の描写は、当時のパトロンからも苦情が出て、評判は良くなかったそうだが、彼は「もっと黒を使っても使いたりない」とこの絵を描き上げたそうです。
 今では、この作品は、ターナーの晩年の代表作とされています。

 
 もし、興味がおありの人は、テート美術館のオンラインHPをご覧になって下さい。英語ですが”Joseph Mallord William Turner ”でsurch(検索)すれば、ほぼ、この美術館に展示してあるすべてのターナーの作品を見ることができます。家にいながらにして、ちょっとした芸術の旅に出かけた気分になりますよ。

テートオンライン(英語)
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プロフィール

kazanasi

Author:kazanasi
絵画、小説を中心に観たり読んだり、自作で作ったり。サブカル全般に興味があります。暖かい時期には山登りもします。アナログとデジタルの間を行ったり来たりしてる人間です。


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